蛭間節子第一歌集『白いカローラ』

歌集『白いカローラ』は、「齢九十歳となり、生涯に一冊の歌集を」と上梓された。著者の天性の明るさに心が救われ、励まされる歌が溢れている。

十月は祭り月なり荒物屋に荒縄一駄どんと置かれて

夏くればふうせんかづらの青き実が今に引きくる風船爆弾

少女期はひもじかりけり遠き日のブリキの金魚まつ平なり

詠むことのうしろめたかり 天と地と人とやすらへ沖縄の島

普通のこと普通に出来るは非凡なり管みんな取れ二足にあるく

『風翩翻』の人は乳房なき胸に兎あそばす われは何せむ

怒る気力のこれる夫の荒きことば直球のごと身に抱きとめる

癌をやむ友の投句の筆圧の危ふし蛇とふ文字のたゆたひ

後期高齢の先になにあるまつ平らなにもなければ寒の菜の花

娘らの住まぬ家なり夕つかた寒の卵をこつと割りたり

亡き母のほそ骨咲くと思ひゐし花八つ手の実重く昏れたり

さくら見る定位置はあり夫のたつ二階の窓を磨いておかむ

避けられず転倒したり一瞬のスローモーション主役はわれで

花を実を認識せざる子と生きて藤の莢実

を五指ににぎらす

だれでもない病む子に詫びにゆくのですミモザの黃のストールまいて

「ありがたう」はときに哀しい老い夫はだれにもだれにも頭ふかく下げて

記憶ひとつ甦るらし脳やむ夫がつぶやく さくらが咲いた

夫の病状きかるるたびにまあまあと輪郭のなき言葉をかへす

誕生日は六日?七日?と問ふわれに病夫わらひて「まあそのあたり」

それはきつと聞こえてゐません初鳴きをいへば頷く耳とほき夫

娘らの歌にあはせつつ夫の息の緖や ほんにすうつと逝つてしまひぬ

段差あれば手をとりくるる娘の手帰りきて思うかたいてのひら

さびしさは生きることなりさびしさに乾杯せむよ食前酒もて

忖度が忖度をよぶ気味悪さニュースを消して蹴るやうに立つ

七草なづなペンペン草になれ 泣きたいときは声になくべし

平和なればゆめのごとしも もふもふの平成を生きしわれの輪郭

なぜといふことはあらねど新元号「令和」好きなり 戦はずあれ