日高堯子第十歌集『水衣集』

短歌は報告歌でもなく、自分の知識をひけらかすものでもなく、いのちへの感性を大切に紡ぐ器でもあると、常々思っています。私にとって心地良いものが流れている歌集です。 小春日のなかに石蕗が咲いてをり母は死んだり生きかへつたり いのち老いて母はさび…

鈴木良明第三歌集『光陰』

あとがきに、われわれは自然界に生息する生物としての「いのちの時間」に立ち返るべく、本歌集のタイトルを「光陰」とした。と記されています。三歳児のパンの歌や虫喰ひの野菜の歌など、日日の時間を愛おしむ著者。私も歌を通して日日を表現していきたいと…

田中翠友第一歌集『ふるさとの駅(ホーム)に立てば』

あとがきに「この歌集は、昨年それぞれ七回忌と十七回忌を終えた母と息子に捧げたいと思います。」と記されている。かなしみも短歌という詩型にあらわすことによって、その心は濾過されて、いつしか、さらに高みへと昇華されていく。 電子辞書開けば覚えのな…

蛭間節子第一歌集『白いカローラ』

歌集『白いカローラ』は、「齢九十歳となり、生涯に一冊の歌集を」と上梓された。著者の天性の明るさに心が救われ、励まされる歌が溢れている。 十月は祭り月なり荒物屋に荒縄一駄どんと置かれて 夏くればふうせんかづらの青き実が今に引きくる風船爆弾 少女…

内田いく子第五歌集『とっぴんぱらりのぷう』

「この歌集は思いがけず米寿の歌集となります。ひとりで生きた私へ、私からのご褒美とする歌集です。」とあとがきに記されている。「とっぴんぱらりのぷう」は著者のふるさと秋田に伝わる昔話の結びの言葉で、「おしまい、めでたしめでたし」の意味があり、…

望月孝一第二歌集『風祭』

御歌と随筆、書評が収められており読み応えのある御歌集。歌集名の『風祭』は望月氏の御両親が疎開され、著者の古里でもある神奈川県小田原市風祭の地名をタイトルとされた。 山行に薄雪草のバッチつけいつも笑むひとその花なくす 若き無着は石もて追われし…

高尾文子第六歌集『あめつちの哀歌』

高尾文子氏は歌林の会、創刊会員の方。あとがきに、戦争、分断、差別、貧困、虐待、そしてまさに目前の疫病まで、紀元前に語られた風景が、はるか久遠の時空を超えて、紀元後の今日の風景に投影されている、又、どの世紀にも人間の普遍のかなしみが充ちてい…

太田芙蓉第二歌集『小丘萌ゆ』

平成24年から令和2年3月まで、かりん誌に載った御歌からの御歌集。作者が訪れた日本各地、外国を詠まれている御歌が一冊の中に溢れている。 この世はうたかた、かりそめの夢、仮りの宿りとも、そんな感覚にふっと、とらわれてしまった、不思議な御歌集。 日…

中平武子第二歌集『しらべは空に』

中平様は第一歌集を編まれた時、歌は自分探しでもあり書き留めることはささやかな生きる証であるとあとがきに記されている。それから16年目のこの度の第二歌集『しらべは空に』では短歌はアルバムのように自分の人生記録であり愛おしいと記されている。 ぶな…

土屋千鶴子第四歌集『一行のスープ』

私は一冊の詩集を出している。1987年、今から33年前の38歳の頃、『しんきろう』というタイトルであった。このたび、土屋千鶴子様より第四歌集『一行のスープ』を賜り、そのなかの うすくうすく透きとほりたる若き日の言葉のやうにくらげは泳ぐ の一首に出会…

園田昭夫第一歌集『少しだけ苦い』

園田氏は高校生の時石川啄木の歌集に出会い、「新しき明日の来るを信ずといふ自分の言葉に嘘はなけれど」など日日の中でどれだけ励まされたか知れないとあとがきに記している。お父様を詠まれたお歌に「職人の父の飯場暮しに仲間らのわれへの苛めやむことの…

藤本満須子第三歌集『如月の水』

作者は1939年生まれの「歌林の会」の方。これまで様々な水の歌を歌い続け、それらの水の歌が作者自身の81年間の根幹となっていると、あとがきに記されている。歌集『如月の水』の表紙の表は、流水文様、裏には雪輪文様が描かれている。流水は、しばしば人生…

山内活良第一歌集『赤方偏移』

山内活良氏は短歌結社「歌林の会」で共に学んでいる同年輩の方です。山内活良氏の故郷は北海道の美深町。一昨年になるが私は第一歌集『空とかうもり』を出版した折、大変御丁寧なお手紙を頂いた。私の亡き母の出生は網走の津別町、生前母と共に北海道へ二度…

椿

私は椿が好きだ。特に籔椿の紅色が何とも言えない。1997年発行の馬場あき子第16歌集『青椿抄』のあとがきに次のような一文がある。一部抜粋してみたいと思う。 いま私の眼前にも、椿の青い蕾が日々にふくらみをましている。たとえば『新撰和歌六帖』に、「い…

挽歌

昨年の6月に母を亡くしてから、母の歌が次々と生まれくる。歌は、挽歌でもあると聞いた事がある。思いを掬いとって31文字にこめる、情の器の短歌。亡くなった母を詠める時に詠んでおきなさいと、沢山の方から励まして頂いた。 米川千嘉子第三歌集『たましひ…

弔辞

友が亡くなった。まさに晴天の霹靂。癌とたたかっていた事、それも再発であった事すら知らなかった。通夜に参列しホテルに戻ってから、友とのいろいろな思い出がどっと押し寄せ、気づけば朝の4時過ぎ。ホテルに備えてある便箋に友におくる言葉を書き連ねる。…

村田光江第一歌集『記憶の風景』

千葉県鎌ケ谷市のカルチャー教室でともに学んでいる。かって、編集者として携わっておられた雑誌『教育』のなかからのニ編のエッセイもあり、〈私のうけた戦後教育ー混乱と模索の時代〉等、なかなか読み応えのある御歌集。 楽章と楽章の間に聴衆らみなしわぶ…

篠原節子第2歌集『雨のオカリナ』

これからも全身全霊短歌に精進していきたいという、作者。第一歌集『百年の雪』から三年にして、たちまちの御出版である。 少し勝ち少しは負けて今日は雨、耳あかるます君のオカリナ とどめ得る若さなどなく手のさびしレモンをひとつゆつくりかじる 同じ時を…

齋藤芳生第三歌集『花の渦』

さて私のつくる歌は、私という人間は、と自身に問いている作者。歌集のなかにある濡れるの動詞。パレスティーンの少年、群青の朝顔、朽葉、街、山も濡れているなり。 林檎の花透けるひかりにすはだかのこころさらしてみちのくは泣く あ、まちがえた、とつぶ…

飢餓と餓死

人生最後の食事には好きな物をたらふく食べたい。でも、死にむかっていく体には咀嚼する力、飲み込む力、消化する力、全てが無いに等しく、とても果たされない願望。母を看取りながら切に思ったのは死とは、飢餓状態が続いて全ての生きる力が削がれていく餓…

坂井修一氏、第十一歌集『古酒騒乱』より

匙投げてよいかと問へばほつかほか西郷隆盛わらふ夕壁 終はらない書いても書いても らつきようが夜中にひかるわたしの机 きんつばをほほばりてわがおもへらく〈鍔〉の下なるしらはのひかり はづかしいおたまじやくしでつるつるとあちこちはあはあわたしはい…

江國梓氏、第ニ歌集『桜の庭に猫をあつめて』

いつの日か我が家も空き家となるのだらう桜の庭に猫をあつめて 花山周子氏の装幀の表紙には五匹の猫が描かれている。猫ではあるが人でもあって。そこに暮らしていた家族の思い出のように温かい。 本当にあつた怖い話をするやうにきみのことずつと好きだよと…

川島結佳子氏、歌集『感傷ストーブ』

今年四月の歌集出版を祝う会にて受付を担当して下さった。歌集『鈴さやさやと』を出版されていた佐山加寿子氏との合同の祝賀会であった。その折、近々歌集をお出しになるとお聞きしていた。若々しい感覚に出会えて嬉しい。 ハードルは高齢化にて低くなりアラ…

水谷文子歌集『どなた』

水谷文子氏の歌集が手許に届いた時、私は母を亡くしたばかりであった。『どなた』は、わが母に〈どなた〉と問はれふるさとにことば失ふわたしは〈どなた〉のお歌からつけられている。私は直ぐに開いて読むことが出来なかった。きっと涙でぐしょぐしょに濡ら…

ひかりの曼荼羅

母は6月28日に亡くなった。今際の際まで意識がはっきりしていた。 お母さん、そちらはどんなところですか?会いたかった人たちに会えていますか?私はようやく我にかえっています。母が好きだった、立葵、花魁草、大待宵草が、今年は庭一杯に咲き誇っています…

釈迦誕生図

涅槃図の猫

もう、何もいらないよ全部捨てて死に場所を綺麗にしておくれと母は言った。あんなに物を捨てるなと言っていた母が。言われた通りに全て片付けた。さっぱりと片付けたその夜から母の容態は悪化した。釈迦入滅の涅槃図に猫が描かれている珍しい画がある。他の…

たふれやすき棒

何も食してないのに、母は大量の便を出した。横たわったまま身動きがとれないので、急いで衣服をハサミで切る。人間は、何て、厄介なものを身につけている獣なのだろうか。 すこしだけ着かざりからうじて立ちてゐるわがうつし身はたふれやすき棒 よこたはる…

この世の身体

母からは戦争の怖さ虚しさひもじさを教わった。昭和24年生まれの私は最初の頃は軽い話し相手程度に聞いていた。 秒針の音を聞きながら母と二人の部屋にいる。もう何も受け付けなくなった。それなのに少量の便とお小水がでる。最後までオムツをつけなかった。…