村田光江第一歌集『記憶の風景』

千葉県鎌ケ谷市のカルチャー教室でともに学んでいる。かって、編集者として携わっておられた雑誌『教育』のなかからのニ編のエッセイもあり、〈私のうけた戦後教育ー混乱と模索の時代〉等、なかなか読み応えのある御歌集。

楽章と楽章の間に聴衆らみなしわぶきぬ可笑しかりけり

ハープ弾く乙女の裸像の太股にネオンが光る雨のバス停

敗戦を告ぐるは確かにヒトの声母の肩揺すりし少女のわたし

少年のごとき声して征きし兄野太き声となりて帰還せし

流星は窓辺の八手の花に消え〈動かぬ星も見よ〉と囁く

人類の暴挙の果て野にあふれいるコソボ難民は戦時のわたし

〈鴉だって希少になれば保護される〉子はポソリ言う朱鷺生れし朝

ずっしりと雑誌のゲラを抱えたる若き日のわれが玻璃戸に映る

朝わたす校了紙の角きっちりと揃えて社を出ぬ午前一時に

納棺の死者はかすかに眼あけ顔かたむけて生者見ており

スポットライト浴びつつデモせし日も遠く議事堂いまも寂しき風吹く

にんげんの鎖は基地をかこみたり首脳ら海むきほほ笑みかわす

生き難きうつし世視るを拒むごと和上やわらかに目を瞑りおり

ご入館記念スタンプ逆に押し、さかさづりの茂吉が苦笑いする

かつて軍歌を拒みし兄よ戦友の「若鷲の歌」いかに聞きいん

自が生き方おのれの自由にならざればパンダ諦観しふてぶてと寝る

チロル帽かぶりて医院に向かう夫うしろすがたのしぐれていくか

「武器輸出」いうやからには憲法を守れと論破したき秋の夜

宮島にもみじまんじゅう食みしとき鹿にバッグをなめられており

「冬の旅」流れる野辺のしぐれどき笠をかぶった山頭火がよぎる