内田いく子第五歌集『とっぴんぱらりのぷう』
「この歌集は思いがけず米寿の歌集となります。ひとりで生きた私へ、私からのご褒美とする歌集です。」とあとがきに記されている。「とっぴんぱらりのぷう」は著者のふるさと秋田に伝わる昔話の結びの言葉で、「おしまい、めでたしめでたし」の意味があり、いろいろの思いをこめられて、歌集名とされました。
メガネ四つつね掛け違え焦点のずれる暮らしの面白くなる
ひとり死ぬるさいわいもあるにキャスターの声甲高し「孤独死コドクシ」
この眼病みしは十歳戦さの頃なりき暗き世のみを見続けて来し
〈小石〉とは〈恋しい〉らしい軍事便の最後飾りし言の葉は虹
星美ホームに暮らすはむかし戦災孤児いま虐待児 おとなが悪い
入浴中にかかる電話を子機に受く声も裸になってうらうら
閖上の町真っ平ら原っぱらみどりかなしい想像の町
堤防は嵩上げされてありったけの人智せつなき風景となる
歯車の一つ歯たりし職の誇り紫陽花きりり咲けば甦り来
ひとの願い積みて地蔵ら考える怒るとぼける微笑む眠る
時分の花この身のいつに咲きにけむ泰山木のおおらかな白
〈サイタサイタサクラ〉〈ヘイタイサンススメ〉散るも負けるも教わらざりき
春ゆうべ街ゆく人らを嗤うよう人体骨格模型直立
生きて今在る力の仕業熱出でて咳出で錐揉みに奔る痛みは
児を乗せて畳むなと乳母車の注意書 こんな母親いそうなニッポン
亡きひとを思う秋の日すっくりと抱かれてみたい雲よ嗤うな
抽斗の保証書のなかわたくしの保証書あらず 蒲団にもぐる
守秘義務なんてとんと忘れてほけほけとしゃべる手錠のわれ夢に顕つ
骨も血も遺さず〈とっぴんぱらりのぷう〉忘れ草咲く野末にかがむ
虐げられし転々の生も知を求め囚獄に書きし生も哀しき
ガンバレの声積むような健康福祉部健康いきがい課健康増進係
自分の柩は担げないのだ、のだ、のだと啼いてるような野の行行子
追儺の豆ことしは撒かず鬼と寝てみたい気もする ふふへへほほほ
白き餅ふくふく食べて詰まらせて死ぬる不思議な齢となれり
昨日は日にち今日は時間を間違えた頬染めながら寒椿咲く