望月孝一第二歌集『風祭』

御歌と随筆、書評が収められており読み応えのある御歌集。歌集名の『風祭』は望月氏の御両親が疎開され、著者の古里でもある神奈川県小田原市風祭の地名をタイトルとされた。

山行に薄雪草のバッチつけいつも笑むひとその花なくす

若き無着は石もて追われし教師なりさあれど行く汽車子らは見送る

さいはての佐多の岬にほそぼそと釣り人渡船の漁師住みけり

酒甘し焼酎辛し缶ビールいくらか温いが刺身が旨い

釣りですか いえ川でなくテント持ち星を拾いに山に行きます

取り返しえざりし事故を思うとき教師の負いたる山の荷重し

今日を足らい帰る車中の広告になお富士のあり 羊蹄山なり

沼に棲みミジンコとなり泳ぎつつ酸素足りない メーデーにゆく

打ち上げにライオンビールに繰り込めばいつの間にやらわれ最高齢

ずいぶんと遠くへ来たのさわが戦後「インターナショナル」学生さえも

リハビリを六月限度で切る制度今年施行し弟を斬る

あるよるに「神は理不尽」と書けば星はすういと弟さらう

ミカン山のかたえに実の着く金柑はわれが小猿のときに喰いし木

戦時疎開に歳かけ住みし山里に覚えの棚田は干上がりてあり

みかんの花葉かげにかくれ薫りつつかくも小さきふる里なりしか

父母に風まつごとき戦後あり五とせをしのぎ風祭辞す

風祭駅を眼下に傷兵院石垣高く弓手に海見ゆ

春蝉がぶわんと山を鳴き沸かし復らざるもの悼みておりぬ

南信をゆるり一人のバイク旅山国なれば天気見定め

けわしげな杖突峠は名ばかりぞ諏訪から高遠われの近道