園田昭夫第一歌集『少しだけ苦い』

園田氏は高校生の時石川啄木の歌集に出会い、「新しき明日の来るを信ずといふ自分の言葉に嘘はなけれど」など日日の中でどれだけ励まされたか知れないとあとがきに記している。お父様を詠まれたお歌に「職人の父の飯場暮しに仲間らのわれへの苛めやむことのなし」があり、私は自身を重ねてしまう。貧しくて病弱な私の父は身体も小さく、飯場の飯炊きをしていた。まわりから、「ハンバの子」と呼ばれるたびに子供心に何か違和感のあった事など思い出される。

この歌集の中には様々な音楽が流れている。作者の日日の時間の流れの中にあるその時々の思いがリズム、ハーモニー、メロディに巧みに1首にあらわされている。社会の歪みに対する反骨心に圧倒される。

遠き日の飢えの記憶のよみがえる昼のサンマ定食大盛り

戦力外の通知受けたり六十九歳第四楽章のいまはじまれり

オペを待つ戦慄のなかマーラーの第九のピアニシッシモに心を鎮め

マーラーの第六交響曲序曲ザクザクと軍靴の音が迫りくるなり

被爆せし長崎体験語らずに伯母はひっそり市井に生きたり

独奏のチェロの調べはわが洞の一筋の糸ふるわせてゆく

マーラーの第九を耳に畑仕事裸木をすかして夕日の赤し

引き際の危うさ思いチャップリンの「ライムライト」をまた観ておりぬ

プーシキンと啄木ともに愛しきていまこそ生意気ざかりのわたし

地下ホールの戦争体験語り継ぐ会へと蝉声に背を押され行く

陽炎の中へと押し行く乳母車兵士の親になりたくはない

バスの中に鏡みつめるおとめごは鑑賞されたり冬の水仙

のびやかなベームの「田園」聴きながら朝の菜園ニンジン間引く

草を刈る鎌にありあり感じたり丸木夫婦の「沖縄戦の図」

ほのかなる苦味たのしむ菜の花の茹で加減見つ男の料理

河上肇「言うべきは真実語るべし」胸に刻みてわれは生き来し

空席の折り鶴悲し「被爆国」草の根の力世界を押せる

まとまらぬ会議のはての憂鬱にマーゼルの「ボレロ」くりかえし聴く

黙を解きいまこそ歌えブリテンの「戦争レクイエム」世界の声に

通販に『土俗の思想』購いぬタバコの匂い付録なりけり

散る花の限りもあらずいつしらにアメイジング·ソングくち遊みおり