飢餓と餓死

人生最後の食事には好きな物をたらふく食べたい。でも、死にむかっていく体には咀嚼する力、飲み込む力、消化する力、全てが無いに等しく、とても果たされない願望。母を看取りながら切に思ったのは死とは、飢餓状態が続いて全ての生きる力が削がれていく餓死。母の兄は太平洋戦争で南方の島から帰ってこれなかった。大勢の兵隊さんが餓死したであろう南方の島。母は死の際まで意識ははっきりしていた。それはまるで、帰って来る事のできなかった長兄の苦しみを身をもって体現しているようであった。

兵士らに餓死多かりしをまたも言うじやがいもの皮をむきつつ母は

命日は終戦の日と決められし長兄自決と母は言ひきる

餓死もある戦死の扱い抹殺も大本営にかかはりし伯父

「地獄のやうだ」母は半生語るとき戦死の兄が中心にゐる

生きられなかつた兄の無念を生きてゐる生かされてゐると母の渇きよ

谷光順晏歌集『空とかうもり』から