山内活良第一歌集『赤方偏移』

山内活良氏は短歌結社「歌林の会」で共に学んでいる同年輩の方です。山内活良氏の故郷は北海道の美深町。一昨年になるが私は第一歌集『空とかうもり』を出版した折、大変御丁寧なお手紙を頂いた。私の亡き母の出生は網走の津別町、生前母と共に北海道へ二度訪れ、その時の歌も収めている。道産子と呼ばれるのを嫌う方々が多いなか、自らを道産子と仰りお手紙を下さった。この度、第一歌集を読ませて頂き、大切なお嬢様を自死で亡くされていた事を知り、今まで気付かなかった自身の迂闊さが、とても恥ずかしい。

わがために奏でし楽譜の序奏部に「激しく」とのみ娘は書き遺す

わが声はついに届かず高々と影もたぬ子は鞦韆を漕ぐ

失ったものの輪郭そのままに蜜柑の皮は静けさを抱く

もうひとつそこに夜明けがあるように未明の庭に咲く白木蓮

譲れない交渉の席に締めてゆく闘う鉄腕アトムのネクタイ

アダージョの楽章そろり奏でいるエンジェルトランペットの白花

ひとは皆遠ざかる星一様に赤方偏移のスペクトルを持つ

節分の鬼のかなしみ今は亡き子の撒く豆に終夜追われる

光る海美しけれど忘れゆく特急に抜かれるための停車駅

純真に咲いていただろう八月のヒロシマ·ナガサキに燃えたアサガオ

うつむいたまま散ってゆく茶の花の真白さ娘の命日は来る

サラリーマン最後のひと日亡き同僚のメールをひとつずつ消してゆく

巡りつつ誰が人生を変えるのか円かに晩夏をゆく観覧車

粛々と押して行くのみ為政者の声では動かぬこの車椅子

パスワード知り得ぬ悔恨遺書もなく逝きし娘の裡なるファイル

毎朝の仕事は雨戸を開けることいくつ開けてもまた空がある