川野里子氏第六歌集『歓待』より
大涅槃図哀しみを描けば十畳のおほきさを超ゆる長谷川等伯
涅槃図の嘆きの輪より逃げ出すはいかなる獣 コンビニへゆく
母とわれ同行二人は哀しけれ持鈴鳴らしてそれぞれの空
全方位晴れてゐる冬「さよなら」と言われてをりぬ「またね」と言えば
海に触れ空に触れそしてわが投げし一片のパンにぶつかるカモメよ
蒼穹は燕飛ばしてあそびをり一羽わが身を貫通したり
母死なすことを決めたるわがあたま気づけば母が撫でてゐるなり
生きるべきいのちと死なすべきいのち薄紙の陽は選り分けてをり
だれも見ずだれをも聞かずみづからを折り畳みつつ老人眠る
神の手が初めて創りし泥人形のやうなれど吾に手を伸ばしくる
生きてゐてごめんなさいと老母言ふごめんなさいねすべての雀
春よ春ぼろぼろ花びらこぼし立つ私の花びら誰も拾はぬ